0079年1月3日、ジオン公国の初代公王デギン・ソド・ザビが、地球連邦政府に対し宣戦布告に踏み切った背景には、モビルスーツ(以下、MSと略する)[1]の完成があったと言われる。しかし、 MS構想の確立を知るには、さらにその10年前、0069年までさかのぼらなければならない。
傑出した思想家ジオン・ズム・ダイクンによってサイド3「ジオン共和国」の独立宣言がなされてから既に11年、ジオン没後はデギン・ザビによって政権が継承され、サイド3は共和国から公国へとその体制を移行した。だが、これをよしとせず、有形無形の圧力を独立当初より続け、ジオン公国の独立承認を(勿論、その前身としのジオン共和国の独立承認さえも)拒否してきた地球連邦政府とジオン公国との対立は、何らの解決策を見いだすことが出来ずに泥沼化しつつあった。そして、駆け引きのうちに、何かのきっかけさえあれば武力衝突が始まるかもしれないという、緊迫した状況に互いを追い込んでいた。
これにともない、ジオン公国はさらなる軍備増強に励んだものの、第7次中期軍備整備計画に基づく地球連邦軍のそれには遠く及ばないというのが実情であった。このような情勢下、理論上でのみ存在が知られていたミノフスキー粒子(以下、M粒子と略する)が、 Y.T.ミノフスキー博士により、その存在を実証された。
M粒子自体は、静止質量が殆ど0の素粒子で、正か負の電荷を持つ[2]。これらは立方格子状に整列し、目に見えないフィールドを形成する。更に、プラズマと融合して不安定イオン状態を作りだし、電波の反射吸収をおこす。このフィールド内を伝播しようとする電磁波のうち、マイクロ波から超長波にかけての波長域は減衰が著しくなる。一方で、このようなM粒子干渉下では、超LSI等の集積回路に誤作動、機能障害を生じさせる性質がある。
そのため、レーダーの精度は低下し、レーダーによる長距離策敵や無線データリンクは使用困難となった。当然、平行して、M粒子の干渉から電子機器の機能を守る保護システムも開発されたが、それは非常に高価で重量もかさむため、精密誘導兵器に搭載することは不可能となり、コスト、サイズ、重量の問題を同時にクリアできなくなった。
遠距離レーダーによる早期策敵、超大型コンピューターを擁する司令本部からの的確な指示に基づく迅速な行動、精密誘導兵器によるアウトレンジ攻撃。この粒子はその総てを一挙に過去のものとしてしまったのだ。これによって近代戦は、様相を一変させることになる。
宇宙空間でレーダーという眼を奪われることは、平時であってもそれはほぼ死を意味するに等しいことである。そういった点では、主にスペースノイドで構成されたジオン公国の方が、M粒子の危険性と有効性という両刃の剣を皮膚感として理解していたのであろう。
そして、この素粒子を有効利用することによって、数においても経済力においても自分達よりも優位に立つ連邦軍を圧倒できるのではないかと、公国軍は考えた。換言すると、M粒子干渉下においては、前述のとおり、電波探知を主とした誘導兵器が使用出来なくなる上に、高度な策敵機器も使用不能になる。つまり、必然的に旧態依然とした有視界の接近戦が中心となる。この、M粒子が生み出す戦術の変化に公国軍は着目したのである[3]。
最悪の事態、すなわち、地球連邦と戦争状態に突入した場合を想定した時、ジオン側には奇襲作戦、それもきわめて短期間のうちに連邦軍の主戦力と対峙する事なく目的を達成させるしか生き残る道はなかった。従来の兵器を使用していたのでは敗戦は目に見えている。そこで、多少のリスクを犯してでも斬新なものを軍部は求めたのである。上記の方針の下、軍は各兵器メーカーに対しM粒子散布下における最も有効な兵器の開発を命じ、設計提案要請による公募がジオン国内で行われたのである。
軍部の課した、この兵器に対する種々の要求(あらゆる戦略行動下にも適合しうる移動力、装甲、兵器搭載量を同時に備え、加えて、占領後の施設建造および警護までを賄える高性能を備えさせる等々)の実現はきわめて困難な問題であり、3年にわたる基礎研究の 末に提示された幾つかのシステムの中で、軍の要求性能を満たしたのはZEONIC社とMIP社の試作品だけであった。だが、両社のシステムとも従来の兵器概念を大きく逸脱したものであった。
MIP社の試作品[4]については、本書の趣旨から外れるので、別項で述べるとして、ここでは話を先に進めよう。
ZEONIC社が提案したマシンZI-XA3は異常とでもいうべき形状であった。
当時を述懐して、元公国軍中佐メディゴ・ルキャナリーは次のように語っている[5]。
「あれは、人間型作業ビーグルとしか分類しようがなかった。二足歩行型の人型ロボットの研究が進んでいるのは知っていたが、人間が乗り込み操縦するタイプの巨大なものを見たのはあれが初めてだったのだよ。さすがに初めて見たときは動くのが信じられなかった」
この言葉が示すとおりZI-XA3は全高16M強の人間型を成し、モノ・アイ[6]と呼ばれる単眼のカメラ・アイ及び、2本のマニピュレーターそして1対の歩行脚を有していた。非合理的ともいえる形状故にこれのテストを視察した軍高官たちの冷笑をかったといわれている。
しかし、その性能は目ざましく、宇宙空間での性能こそMIP社の試作品に僅かに及ばなかったものの、小惑星や月面、コロニー内のいずれにおいても高性能を示し、総合性能では在来型の宇宙戦闘機や陸戦兵器を遙かに凌いでいた。国防省はZEONIC社案の正式採用を決定し、こうして新兵器案として「S.U.I.T.」プロジェクトが開始され、汎用兵器MSは誕生した。
MS-01の型式番号を与えられた、この奇妙な兵器は対外的には作業用宇宙機器として発表され[7]、実戦タイプの開発は水面下で継続された。