さて、日曜日だというのに朝から仕事があったりするのだが、私は午後からの出勤でも問題ないというので、のんびりとチェックアウト時間ぎりぎりにホテルを出た。
御園座で歌舞伎を見るのもよいが、歌舞伎座に行けば何時でも見られるので、ぶらぶらと白川公園へと向かう。いきなり入口近くの植え込みにダンボールハウスがあるが、さすがに見なれたので驚かない。中の運動場からは、子供たちの歓声が聞こえる。どうやら運動会をしているようだ。
左手のガラス張りの建物が目についた。名古屋市科学館とある。科学という言葉に釣られて入ってみる。周りにいるのはどうみても小学生と家族連ればかりだ。にもかかわらず背広姿の私を見ても動じない受付のお姉さんは凄いぜなどと変なところで感心する。科学館の中は、それぞれ生命館、理工館、天文館の3つに分かれており、各階ごとにテーマに沿ってわかりやすくそのテーマを解説してある。
生命館と理工館は、建物自体が直接に繋がっているので、上から順番に見ていくことにする。まずは理工館から。「電気とエネルギー」や「放送と通信」、「光と音」という辺りは、まあ物理で習ったことのおさらいという感じで懐かしい。思わず「サリンパ」と呼ばれていた母校の名物教師を思い出してしまった。彼は今どうしているのだろうか。今も原発と戦っているのだろうか。『買ってはいけない』を読んで頷いているのだろうか。「機械と動力」や乗物系の展示の数々は、男だったら科学者目指せってな感じで、男の子たちのいい遊び場になっていた(笑)。これでまた1人、マッドサイエンティストへと道を踏み外す奴が出ることだろう(笑)。生命館では、人体のしくみのところで、人の出産場面をまんま見せて、いいのかここまで子供に見せてと思わないでもなかったが、子供は周りにいなくて、 やけにカップルがうろうろしていたのは笑えた。生命館は全体的に印象が薄い。というか、その出産場面がインパクトありすぎたというのが本音だ。天文館については、プラネタリウムで居眠りしてしまったので略(爆)。都会で夜に星が見えにくいのは何故かというような話をしていた気がする。でも、気がするだけかも。
科学館を出て、そのまま運動場を道なりに歩いていく。モダンな作りの建物が見えてきた。名古屋市美術館だ。「エコール・ド・パリとその時代」展の看板に釣られて入ってみる。
「エコールド・パリ」というのは、大雑把に言えば、1910〜1930年代にパリで起ったジャンルを越えた芸術運動のことである。美術館のこの特別展では、シャガール、モディリアニ、レオナルド・フジタ(藤田嗣治)らの絵画を中心として、彫刻、ファッション、写真など、150点余りの作品群で、この時代の芸術家たちとその社会背景を立体的に分析しようというものであった。
横浜美術館から貸し出されているコンスタンテイン・ブラクーシの彫刻「空間の鳥」は、相変わらず奇妙だ。これを初めて見たとき、私は魚の彫刻だと思っていた。シャネルやスキャパレイクのドレスは今見ても素晴らしい。マネキンではなく実際に人が着用しているのを見てみたい。絵画では、フジタの「風景」とパスキンの「クララとジュヌヴィエーブ」がお気に入り。後者に描かれた少女たちは、愛嬌があって可愛らしい。え、彼女とどっちがいいかって、そんなん彼女に決まっているのだ(笑)。それはいいとして、マン・レイの写真「アンリ・マチス」や「ジョルジュ・デ・キリコ」の肖像は重厚でよい。ダリのヒゲは若いときから変だったと知ることが出来たのは収穫だった。何のだよ(笑)。
特別展の後は、常設展だ。常設展の展示室の入口を入ると、いきなりシケイロスの「カウテモックの肖像」が出迎える。建築用の合板に工業用塗料で描かれたアステカ帝国最後の皇帝の姿は、荒々しさとともに作者のメキシコ人としての誇りのようなものを感じる。それ以外で印象的だったのは、キーファー・アンゼルムの「シベリアの王女」だ。暗く重苦しい画面の中で、遠い彼方へと消えてゆく線路。自らが処刑場へと連れ出されるかのような錯覚さえ覚える。李禹煥の「With Wind」は、よくわからないが、水墨画を見ているような赴きを感じた。「自然のシミが絵のそれより、はるかに面白く力強く感じられる場合がある。しかし自然のシミは…人間の営為が欠けている。作家の血の通う表現を通したシミであってこそ、それが糸口となっておのれの意識を呼び覚まし、一層深い自然へ連なる道となるだろう」と彼は語っている(名古屋市美術館発行の解説より)。なるほど。でも、言われないとわからないぞ(苦笑)。
美を一通り堪能した後は、一服するために喫茶室へ。歩き続けで腰が痛くなっていたからだ。断じて、ウエイトレスのお姉さんたちが可愛かったからではない。これだけは断言しておこう。私以外に客がいないせいか、ウエイトレスも閑そうにしている。この喫茶店に勤務している人たちもみな公務員なのだろうかと思いながら、紅茶を啜る。
美術館を出ると、郵便局で葉書を投函する。その近くだと知人から聞いていた食事処に行ってみる。矢場とんというトンカツ屋だ。昼を少し過ぎていたにもかかわらず行列が出来ている。みな地元の人だろうか。数分待たされて席についた。やはり名古屋に来たからには味噌カツだろうということで、味噌カツ丼を頼む。八丁味噌の風味とサクサクの衣の食感がたまらない。丼飯を大盛にすればよかったと少し後悔する。ネギと若布の味噌汁もまた美味い。教えてくれた知人に感謝しつつ店を出る。そのまま大須観音にお参りしようと思ったが、仕事の時間が迫っているので、商店街を少し歩いただけで諦めた。
午後の仕事を無事に終えると、いよいよ帰りだ。その前に星が丘の三越にある宮田楼で売っているというウナギバーガーを食さねば、名古屋に来たかいがないというものだ。味噌煮込みや味噌カツ、棊子麺などは東京でも食べられるが、ウナギバーガーはここだけだからだ。が、しかし、疲れていたのだろう。気がつくと名古屋駅にいた。乗り過ごしてしまったらしい。時計を見ると行ってもぎりぎりという感じだ。「不健康王子」の私は疲労が残りやすく、東京に帰っても代休をただ寝て過ごす羽目になってしまうと思い、泣く泣く諦めることにした。あまりにも悔しいのでレピシエでお茶を飲み、アプリコットティーの茶葉を買い求め、お茶うけに青柳のういろうを買って新幹線へと乗り込んだ。
こうして名古屋2泊3日の旅は終わりを告げた。これを読んでいると、何だか四六時中何か食っているような気がするが、それは貴方の気のせいだ。今度は仕事ではなく観光で来たいものである。